セクシャリティは無限大

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「アンセク」に合う人

 アンセクについて語っていたりすると、時々
『アンセクってどういう人と合うんですか?どういう人を好きになるんですか?』
みたいな質問を貰う事がある。

けれど、基本的にアンセクは「性指向」であって「恋愛指向」ではないから、アンセクが理由で誰かを好きになるっていう理由にはならないと思っているし、実際私がそんな感じでもある。

ただ若しそれが
「恋愛についての”合う”」
ではなく
「性指向の面で『合う人』は?」
という意味での質問という事であれば、私が今知る限りの範囲内では

・ノンケで挿入が要らない人
・同じアンセクの人
・ノンセクで性的な制限が緩い人

になるかな、、、って思ってる。


あまり「性的欲求」と「性行為欲求」、つまり
『性行為をする・しない』
の二者択一ではなく、
『性的行動をどこまでするか・できるか』
の中庸的・中間の様々な場所を区切りとして分けて考える事ができていない人等からは
「性行為したくないんなら、ノンセクでもいいんじゃね?」
とか
「アンセクなんてセクマイじゃない」
等といった批判などを受けたこともあるけど、実際(私も含め)そういう(アンセク的志向を持つ)人はいるわけで。

で、同様に”性的欲求・性行為欲求の分離が苦手な人”からは
「(性指向的に)ノンセクや性嫌悪の人と合うんじゃないの?」
って言われることもあるけど、実際アンセクっていうのは「生殖行為/交合行為忌避・(被)挿入忌避」が要点なのであってそれ以外は特に制限はない。

故に、極論すれば
「普通のノンケさん以上に(俗な言葉でいえば”ビッチ”とか”精子脳”とかみたいに)性的欲求や性的行動欲求が非常に強いアンセク」
という人も存在し得るしきっといると思うから、そうなると「性嫌悪」や「(性嫌悪寄りな)ノンセク」さんとは合わないってことになる。

それとこれは以前のブログでも書いたけど、アンセクには他のセクにはない『他者に性的欲求を向けることを肯定』という特徴があるが、これは飽く迄
「性的欲求を外に向ける事を不可としていない」
だけであって
「常日頃から周りに性的欲求を向けていないといけない」
わけではないので、”アンセク≒常に盛ってる”というわけではない。
だから、”アンセクの人が気分や体調または日によっては「性嫌悪並みに性的接触や性的欲求を忌避する」”ということ事があっても、それはそれであり得る事であって、そんな感じの方が
「偶に性嫌悪っぽくなるけど、アンセクでもいいのだろうか?」
等と悩む必要はなく、純粋に
「他者や自分の外に性的欲求を向けることがあるし性的行為に興味や実践したい気持ちはあるけど、生殖行為/交合行為だけはしようとおもわないor嫌い」
という点さえあればそれはアンセクでよいと思う


そういう理由から、全般的に「性指向的にアンセクと合いそうな人」っていう質問には上述の通り
・ノンケで挿入が要らない人
・同じアンセクの人
・ノンセクでも性的な制限が緩い(性嫌悪寄りではない)人
という感じの
「性的欲求を向けられても&性的な行為を受けることがあっても大丈夫」
という人になるのではないのかな、って思うのが今の私の考えだったりする。


因みに、アンセク者の恋愛云々に関して
「(被)挿入嫌いな人って割といるから、きっと見つかるよ」
とアンセクに理解のある方から有難い言葉を貰う事が時々ある。
けれど、(これは飽く迄私が見聞した範囲だけど)
「挿入”も含めて性的行為全般”が常に嫌いな人」
は居るし、恐らくアドバイスをくれる方々が言っているのもこういう人たちの事なのだろうと思ってる。
けれど、
「挿入”だけ”が嫌いな人・苦手な人」
というのはほとんど見かけたことがないに等しいので、色々説明等々に難が出てきたりするんだろうなぁって思う。




 また、私はセクマイの集まりに参加するまではリアルでセクマイさんにあった事は無くて、セクマイさんに会ったりセクマイについて話したりするのはネット上が主だったんだけど、そんな会話の中、特にアンセクについて無理解な方からの言葉で一番きつかったのは上述したけど
『アンセクはセクマイなんかじゃない』
っていう奴だったかなって思う。

そういう意見の人の理論としては
「挿入以外は大丈夫だし出来るんでしょ?ノンケ(マジョリティ)の中にだって同じような(交合行為はしたくない・されられたくない)という感じの人は居る(し、それがアンセクと同じようなものだ)から、アンセクはセクマイじゃなく(て、ノンケの一部でありノンケの気の迷)い」
というのがそういってきた人の持論・理論・理屈だった。

 そういう批判を受けた頃はまだ私自身の考えとかが確り固まってなかったから、ちゃんとした反論はあまり出来なかったけど、長い間アンセクや私自身の思考について考えてきた今若し同じような批判を受けたとしたら
「でもそういう人は『やろうと思えばできるけど、気分でしたくない』んでしょう?そもそもアンセクというのは『やろうとしてもできない・したくない、やろうとも思えない・嫌い』というセクシャリティだからそこは完全に違うし、第一、『(被)挿入行為”と”死”とを天秤にかけて考えた』ことがありますか?」
と言い返したいと思っている。





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性はグラデーション

私はアンセクシャルを造語後に
「性(やセクシャリティ)はグラデーション」
という言葉を聞いたのですが、このことについて私がお話したことがある方の中では
性はグラデーション1
上図のように直線をモデルに考えている方が割と多かった気がします。
ですが、私の場合アンセク造語前の自分の立ち位置についての考え方(前々回の記事)のイメージで
性はグラデーション2
図のような面での考え方になってました。


これで何が言いたかったかというと、直線的なグラデーションでは3つ以上の色が混ざることは非常に難しいですが、面でグラデーションを考えた時にはいくつでも重ねることが出来る、つまりより性の多様性に近い考え方が出来るのではないかなと思います。

実際私がそうであったように、
「(自分の志向を表現する言葉は)既存のセクにはなくて、既存セクのいくつかの部分部分が重なったような状態」
という方はきっといるはずだと思う。

また、アンセクシャルについて話をすると
「そんな細かく分けなくてもいい」
とか
「細かく分けると余計に理解から遠のく」
といった意見を述べる方が時々居るけど、例えば500色の色鉛筆や
『ノンセク等々セクシャリティーの多様さは日本独特』
等のように、ちょっとした違いにも名前を付けるのは日本人独特の感性であり良い所でもあると思う。

で、例えば色の表現に関しても、”サムライ色”等という細かい色の区分の名前はあってもそれを日常生活で使っているか、若しくは使うかという話になるとそれはまた別問題で
「名前があるのだから使わなければならない」
という事はなく、また逆に細かい区分があるから日常生活に支障があるかと言えば実際問題何の支障もないという事実からしても、別に細かく区分をすること自体に問題はないと思う。





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アンセクシャルの定義と存在意義

※前回の記事の続きになります。

時々”アンセクシャル”の言葉の由来や意味について聞かれることがあるけど、特に深い意味はなくまたこんなにも認知してもらえるとは思ってなかったので、ただ単純に

『「性行為を忌避する」という意味で性行為を意味する”Sex”に忌避の意味を込めて「un」をつけた』

結果がアンセクシャル(Unsexal)となった次第です。

また、アンセクシャルを提唱した当初は特に深く考えず私の思考(志向・嗜好)を表す言葉が欲しかったので

「性行動は取れるけど生殖行為をしようと思わないor忌避するセクシャリティ」

という、ざっくりとした内容にしてました。


その後、多くのセクマイの方々とお話したりしていく中で

「アンセクシャルの意味で“生殖行為“と表現するのは(私が思っていることに関して)正確ではなくなるかもしれない」

とか

「(私が最初に属した)ノンセクシャルも(私が見聞きする限り)”性嫌悪に近い方”から、”自分はしたくないけどされる分には構わない”という感覚の方まで幅広くいるから、アンセクシャルももうちょっと緩く・幅広くてもいいんじゃないかな」

等色々考えさせられることがあり、今の時点で私が思っている”アンセクシャル”の定義的なものとしては


前提:
 どの性別に性的指向が向いているかにかかわらず、他者に対し性的欲求・性的行動欲求を抱くことがあり、また実際の性的行為に禁忌感や忌避感を持たず及ぶことが出来る

その上で、

広義的:生殖行為に繋がらない(被)挿入行為迄は大丈夫orできなくはないけれど、生殖行為に関してはしようとは思わなかったり忌避感や嫌悪感を抱く
狭義的:生殖行為云々に関わらず、(被)挿入行為自体に対してしようとは思わない、または忌避感や嫌悪感を抱く


といった感じで捉えてます。



また、以前セクシャリティの分類を表すものとして「アイデンティティスペクトラム」というものがあるということについて書いたことがありますが、私が見たサイトで書かれていたのは(男性・女性を両極として)
・生物学的性
・性自認
・社会的性
・恋愛指向
・性指向

の5つが挙げられていたのですが、そもそもこの5つだけではアンセクシャルやノンセクシャルといったセクシャリティについては表現できないと思ってて、これにプラスして
『性的行動』
という項目を追加してもいいと思う。
(実際にアイデンティティスペクトラムの項目はいくつあってもいいらしいので)

で、その上でこのスペクトラムついて

「この中で「性自認」「恋愛指向」「性指向」等に於いては両極以外にも中間などについてセクシャリティ名がある」

という事とか

「性的行動についても”性嫌悪といった一切不可”なものと”何の問題もなく全部できる”というノンケ的な部分には名前があるし、また実際性的行動については(隠語ではあるけど)A・B・Cというような分け方もされているのに、なぜかその中間(を表すセクシャリティ)がない」

という考えを満たすものとしてアンセクシャルというのは逢ってもいいと思うし、さらに言えば数ある「性的行動」について表すセクシャリティの中でも

『「性的行動欲求が他社に向かう事を肯定する」というセクシャリティが存在しない』

という面から見ても、アンセクシャルのような既存のにはないセクが存在する意味はあると思う。




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アンセクシャルの造語・提唱に至るまで

前に似た様な内容の日記を書いたことがありますが改めて思ったことなどがあるので改めて書いてみます。


初めに、私自身が”セクマイ”という言葉を知り、またセクマイであるという自覚を抱いたのは20代後半の事です。
セクマイであると自覚した後、ざっとセクシャリティをの定義を見て「私はこれかな」と最初に思ったセクシャリティは
「ノンセクシャル」
でした。

一応当時から基本的な私自身の思考の内容は殆ど変わっていないのですが、セクマイを自覚した当時の私の中では

『性欲≒性行為をしたい欲求』

であり

『ハグやキス、ペッティングなど(をしたい欲求)はその(性欲という言葉が表す)範囲外』

的な認識だった事が私がノンセクであると思った理由でした。

ただ、その後他のノンセクの方の思考や傾向を見聞きする内に

『世間的に性欲にはスキンシップとかキスまで含まれるんだ』

という事を知って、

「そういう事であれば、私はノンセクではないだろうけど、じゃあ一体(私が属すべきセクは)何なのかな?」

という思考に至り、それ以後既存のセクシャリティの言葉や定義を色々調べ始めましたが、最終的には私の思考を表すのに適したセクは見当たらず、またその頃はまだ「ないなら作ろう」という考えには至ってませんでした。

その為、その後セクマイ界隈等でセクを聞かれた場合は思考の内容をそのまま説明したり一応の私の中での考えなどを話すなどしていたのですが、理解してもらえることの方が少なかったです。


因みに、その(自分のセクが迷子の)頃は
・『性行為をしたいという欲求がない』という意味に於けるノンセク
・『他者に性的行動欲求を抱く』という意味に於けるセリバシー
・『性行為に関して忌避感を抱く』という意味に於ける性嫌悪
・『他者に対して性的行動欲求がとれる・行える』という意味に於けるノンケ

という、”複数のセクの一部分が重なった部分に居る状態”というのが上述の”私の頭の中の理解”で、図のような「光の三原色」に似た理解の仕方をしてました。
セクの重なり合い
(図でいう所の真ん中の白い部分に居る状態)


その後暫くの間はこれといった説明する単語がなく、

『”男でセクマイ”というだけでセクマイ界隈に於いて初対面の方からは
「ゲイですか?」
と聞かれ、それを否定した後は大抵
「じゃあなんですか?」
と聞かれたり、それ以外のごく少数の場合に於いて
「ではMTFですか?」
と聞かれることもありましたが、やはりそれを否定した後は
「じゃあなんですか?」
に帰結して、その後思考の内容を説明しても理解してもらえない』

というような期間を過ごし、「やっぱり表現する言葉は必要だな」と思いアンセクを造語するに至りました。



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アンセクシャルについての考え方

 以前セクシャリティの考え方について食欲に置き換えた記事を書いた後SNSなどで以前書いた内容よりも追加・補強してよりアンセクについてわかりやすくした(つもりの)文章を思い至ったことがあり、多分に私的な考えも混ざってはいますがそれがどなたかの考え方の一助になればと思う事と、私自身の備忘録も兼ねて書いてみようと思う。



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 まず前提として、アンセクを『性欲』目線で説明したり考えたりしようとすると分かり辛い面が大きいと思うので、性欲と同じ三大欲求の一つである『食欲』に置き換えて、所々性欲の場合は何にあたるかの注記を加えつつ述べてみる。

 今目の前にに食べ物、といっても漠然と”食べ物”というとあんまり想像しづらいと思うので、例としてショートケーキ(≒性欲が向かう対象)があると仮定します。
このショートケーキに対して

1:
『全然好きとも思わないし興味もあんまり持てなくて、食欲(≒性欲)がない、若しくは必ずしもないわけではない』
 のだけれど
『(食べ物全般(≒性欲が向かう対象・他人)に対して)向かわない(≒性的行動欲求が湧かない))』
  のが  Aセクシャル

2:
『食べ物は好き、若しくは嫌いではない』
 けれども、
『食欲はない(or”食欲(性欲)”という欲求自体は必ずしもないわけではないけれど、食べ物(他者)に向かわない) 』
  のが ノンセクシャル

3:
『(食べ物を好きかどうかは関係なく、)食べ物に対してを見たり匂いを嗅いだり等々、食欲(性欲)や食事(性的行為)に関すること全てが嫌・嫌い・受け付けない』
  のが 性嫌悪

4:
『食べ物に関しては好きだ(or嫌いではない)し、見る・匂いを嗅ぐ・触る・食べること等(性的に言う所のキスやハグ、ペッティング等々の性的行為)もやろうと思えば出来ないわけではない』
 けれど、
『(”ダイエット”や”宗教的に食べてはいけないものである”等々の外的理由が原因で)食べること(性行為・交合行為)を我慢・自制する』
  のが セリバシー

5:
『食べ物に関しては好きだ(or嫌いではない)し、見るのも匂いを嗅ぐのも触ること(性的に言う所のキスやハグ、ペッティング等々の性的行為)も大丈夫だったり嫌いではないorできなくはない』
 けれど、
特に外的要因や理由もなく、(食事(性的行為)の最終的な段階である)嚥下(生殖行為を)したい(orされたい)という気持ちが(湧か)ないor嚥下したくない・嫌い(「口に含む段階から(生殖云々に関係なく挿入行為が)無理」というレベルから「口に入れ咀嚼(生殖行為に繋がらない挿入)までならOKでも嚥下(生殖行為)は無理」迄含む)』
  のが アンセクシャル


(※4と5の下線付き太字の部分が、それぞれ重要な且つお互いの大きな差異だと思う)

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という感じにアンセクシャルと他のセクとの違いについて私の中で理解・整理しています。






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