セクシャリティは無限大

アンセクシャルあるある

先日ツイッタ―にて≪アンセクシャルについてのあるある≫を思い返す機会があり、いくつか浮かんだので備忘や認知向上の意味も兼ねてこちらに書いてみたいと思います。


Ⅰ:字面的にアセクと似ているので混同されやすい

  ツイッター等で『恋愛感情が無い』と言う文意の中で「アンセクシャル」と述べておられる方を時々目にすることがあるのですが、これは仕方ない事かな、、、と私も思っています。
  (私自身昔からあるものではなく、個人造語のセクシャリティ名がここまで広まるとは思っていなかったので)


Ⅱ:ノンセクとの違いについてあまり理解して貰えてない

   以前お話したことがあるかと思いますが、ノンセクは
  『(恋愛感情は他者に向かうことがあるが)性的行動欲求が他者に向かない』
  と言うのが基本的な定義である、と私としては理解しています。

   また、上記の【性的欲求が他者に向かわない】という点に於いてはノンセクに限らずアセクも同様ですが、
  双方共「性欲の存在」については明確に言明されていないと感じていて、偶に
  『性的欲求が無いから』
  と言う意味でノンセクを自認されている方を見かけることがあります。
  (その点に関して恐らく
  「他人に向かわないんだから存在もしていないだろう」
  という考えに基づくものなんだろうな、と私は思っていたりします。)

   ただ、いずれにせよ
  『言明はされていない(≒消極的な扱い)』
  と言う風に(自分のセクシャリティを模索していた頃から)私は感じていたので、
  アンセクシャルに於いてはきっちりと「性欲の存在(の肯定)」について
  言明している次第ですし、そもそもノンセクの定義である
  『性的行動欲求が他者に向かない』
  と言う点に関しても、アンセクシャルでは
  『性的行動欲求が他者に向かう(可能性がある)』
  と定義しているので、
  「少なくとも以上の2点に関してノンセクシャルとアンセクシャルは大きな差異がある」
  と認識しています。


Ⅲ:根本的に『(男性が)性行為したくない』と言っても殆どの場合信じて貰えない。
  
   これが私個人的に(私がアンセクを自認・自称する上で)一番ネックになっているなぁと感じている点です。
   
   私の(セクマイを自認してからの)経験やアンセクを提唱してからの反応等々から
  『男は性行為をしたがる生き物でありやりたがって当然』
  と言う認識が世間一般的で、また「精子脳」と言う言葉すら存在し、実際誰彼問わず性欲を向けたり性行為をしたがる男性が非常に目にする事実からしても
  「”男性”と言う生き物と性欲・性行為欲は不可分」
  というのが世の中の認識なんだろうなぁ、、、と感じてきましたし、今もそう思っています。
  
   それ故、そんな社会の中で
  「性行為欲はないし、寧ろ嫌い」
  と男性が言った所で信じて貰えないのは半ば仕方のない事なのかな、、、と感じています。

  
   また、上述のような男性に対する認識(先入観)と同様に
  「性欲と性行為欲は不可分であり、『性欲≒性行為をしたい欲求』」
  というように世間一般では認識されているように感じます。

   実際、アンセクシャルについて
  「性行為はしたくない」
  と言う説明に対し、偶に
  「じゃあ性欲が無いんだね」
  と返事を返されたり尋ねられたりすることがあったりしますが、
  「いや、性欲は普通にある」
  と返すと不思議そうな顔をされることがあるのも、そのような(『性欲≒性行為欲』という)認識が一般的になっているからなんだろうな、、、と感じます。


Ⅳ:アンセクシャルの説明をすると「子供が嫌いなの?」という訊かれる(ことがある)

   アンセクシャルの要旨・重要な点は何と言っても
  『性行為欲が無い・性行為が嫌い』
  と言う点なので、簡単に説明する際はまずそこから触れるのですが、その説明をする際
  「(性行為をしたくないというのは)子供が嫌いだから?」
  的な内容の返答を返されることがあります。

   私の中ではこの質問は
  「(子供を作る行為である)性行為が嫌いなのは子供が嫌いだからだろう」
  という考えに基づいての返答・質問なんだろうと思っています。

   ですが、
  「作る行為が嫌いなのは結果として出来るものが嫌いだから」
  というのであれば、先日も話したように(性欲で考えると難しいので同じ三大欲求の一つである)食欲に置き換えると
  「調理するのが嫌い・したくない≒(調理の結果として出来る)料理が嫌い」
  という図式が出来上がる事になるのですが、これは明らかにおかしい(料理嫌いの大食漢だって普通に存在する)というのは誰の目にも明らかであると思います。
  「後者(の例え)が成立しない」
  ということは前者(「性行為したくないのは子供が嫌いだから」)も同様に成立しないということになるので、アンセクシャルにおける【性行為がしたくない】というのは子供と必ずしも関係がある訳ではない、、、、と言うのはお分かり頂けるかなと思います。


 
 以上、ツイッターで言及したものについて(ツイッターでは述べてなかった)私の個人的見解も附して述べてみました。



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『子供』とアンセクと”恥”の概念

世の中には『童貞』・『処女』・『魔法使い』と性行為を経験していない状態を指す言葉もいくつか存在するし、場合によってはそれらには
「恥ずかしい」
という感覚が付随することもあるように思う。

また、『不妊』や『ED』等性行為や子供を出来ない・出来難い状態を指す言葉も世の中には存在してて、それらには大抵
『治療』
という言葉が殆どの場合後に続いたり”治療薬”が存在したり、上述のケースと同じように「恥」という観念が付随するケースもあるように思う。


特に子供云々でいえば、私が自認しているアンセクについて、セクの説明をした場合
「子供嫌いなの?」
と訊かれることが偶にある。

これについて私個人的にはただただ
『子供を作る行為』
が大嫌いなのであって、自分がその行為をする・しているということを想像できないし、想像しようとすると頭が拒否するのが大体において眠くなるか、酷い時は鳥肌というかさぶいぼが立つし、そもそも性行為をしたいという欲求は湧かないししたくないから、極論として逆に迫られたら多分全力で逃げたくなる位嫌。

ただし、だからと言って
「子供を作る行為が嫌い≒子供嫌い」
では決してなく、
「性行為・生殖行為はしたくない≠子供が嫌い・子供は作りたくない」
ではあると思うから、確かに不妊云々については(例え”性行為はしたくない”と思う方であっても)治療が必要だったり治療したいと思う方が居られても、そういうケースがあってもそれは当然だと思う。

ただ、全体を通して
「恥・恥ずかしい」
という概念・観念・感情が付随するケースが多いのは、やはり
「世の中全体が『性行為はして当たり前・性行為は万人が当然経験するもの』という認識を持っている」
からではないのかなと私個人的には思う。


だから世の中に対して開き直り、、、と言う訳じゃないけど、当人さえ良くて納得している状態、例えばアンセクのように
『交合行為・生殖行為を行う気が無い人・嫌いな人』
等であるのなら、(実際問題周囲から言われることが多いのだろうけれど)処女だの童貞だのどう呼ばれようとも気にしなくなるのだろうし、EDとか体質的なモノも気にしなくなる・気にしないですむんじゃないかなって思うけど、それでもやっぱり色々言ってきたりするのが”世の中”であって、世間体云々とかなんだろうなって思う。


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「アンセク」に合う人

 アンセクについて語っていたりすると、時々
『アンセクってどういう人と合うんですか?どういう人を好きになるんですか?』
みたいな質問を貰う事がある。

けれど、基本的にアンセクは「性指向」であって「恋愛指向」ではないから、アンセクが理由で誰かを好きになるっていう理由にはならないと思っているし、実際私がそんな感じでもある。

ただ若しそれが
「恋愛についての”合う”」
ではなく
「性指向の面で『合う人』は?」
という意味での質問という事であれば、私が今知る限りの範囲内では

・ノンケで挿入が要らない人
・同じアンセクの人
・ノンセクで性的な制限が緩い人

になるかな、、、って思ってる。


あまり「性的欲求」と「性行為欲求」、つまり
『性行為をする・しない』
の二者択一ではなく、
『性的行動をどこまでするか・できるか』
の中庸的・中間の様々な場所を区切りとして分けて考える事ができていない人等からは
「性行為したくないんなら、ノンセクでもいいんじゃね?」
とか
「アンセクなんてセクマイじゃない」
等といった批判などを受けたこともあるけど、実際(私も含め)そういう(アンセク的志向を持つ)人はいるわけで。

で、同様に”性的欲求・性行為欲求の分離が苦手な人”からは
「(性指向的に)ノンセクや性嫌悪の人と合うんじゃないの?」
って言われることもあるけど、実際アンセクっていうのは「生殖行為/交合行為忌避・(被)挿入忌避」が要点なのであってそれ以外は特に制限はない。

故に、極論すれば
「普通のノンケさん以上に(俗な言葉でいえば”ビッチ”とか”精子脳”とかみたいに)性的欲求や性的行動欲求が非常に強いアンセク」
という人も存在し得るしきっといると思うから、そうなると「性嫌悪」や「(性嫌悪寄りな)ノンセク」さんとは合わないってことになる。

それとこれは以前のブログでも書いたけど、アンセクには他のセクにはない『他者に性的欲求を向けることを肯定』という特徴があるが、これは飽く迄
「性的欲求を外に向ける事を不可としていない」
だけであって
「常日頃から周りに性的欲求を向けていないといけない」
わけではないので、”アンセク≒常に盛ってる”というわけではない。
だから、”アンセクの人が気分や体調または日によっては「性嫌悪並みに性的接触や性的欲求を忌避する」”ということ事があっても、それはそれであり得る事であって、そんな感じの方が
「偶に性嫌悪っぽくなるけど、アンセクでもいいのだろうか?」
等と悩む必要はなく、純粋に
「他者や自分の外に性的欲求を向けることがあるし性的行為に興味や実践したい気持ちはあるけど、生殖行為/交合行為だけはしようとおもわないor嫌い」
という点さえあればそれはアンセクでよいと思う


そういう理由から、全般的に「性指向的にアンセクと合いそうな人」っていう質問には上述の通り
・ノンケで挿入が要らない人
・同じアンセクの人
・ノンセクでも性的な制限が緩い(性嫌悪寄りではない)人
という感じの
「性的欲求を向けられても&性的な行為を受けることがあっても大丈夫」
という人になるのではないのかな、って思うのが今の私の考えだったりする。


因みに、アンセク者の恋愛云々に関して
「(被)挿入嫌いな人って割といるから、きっと見つかるよ」
とアンセクに理解のある方から有難い言葉を貰う事が時々ある。
けれど、(これは飽く迄私が見聞した範囲だけど)
「挿入”も含めて性的行為全般”が常に嫌いな人」
は居るし、恐らくアドバイスをくれる方々が言っているのもこういう人たちの事なのだろうと思ってる。
けれど、
「挿入”だけ”が嫌いな人・苦手な人」
というのはほとんど見かけたことがないに等しいので、色々説明等々に難が出てきたりするんだろうなぁって思う。




 また、私はセクマイの集まりに参加するまではリアルでセクマイさんにあった事は無くて、セクマイさんに会ったりセクマイについて話したりするのはネット上が主だったんだけど、そんな会話の中、特にアンセクについて無理解な方からの言葉で一番きつかったのは上述したけど
『アンセクはセクマイなんかじゃない』
っていう奴だったかなって思う。

そういう意見の人の理論としては
「挿入以外は大丈夫だし出来るんでしょ?ノンケ(マジョリティ)の中にだって同じような(交合行為はしたくない・されられたくない)という感じの人は居る(し、それがアンセクと同じようなものだ)から、アンセクはセクマイじゃなく(て、ノンケの一部でありノンケの気の迷)い」
というのがそういってきた人の持論・理論・理屈だった。

 そういう批判を受けた頃はまだ私自身の考えとかが確り固まってなかったから、ちゃんとした反論はあまり出来なかったけど、長い間アンセクや私自身の思考について考えてきた今若し同じような批判を受けたとしたら
「でもそういう人は『やろうと思えばできるけど、気分でしたくない』んでしょう?そもそもアンセクというのは『やろうとしてもできない・したくない、やろうとも思えない・嫌い』というセクシャリティだからそこは完全に違うし、第一、『(被)挿入行為”と”死”とを天秤にかけて考えた』ことがありますか?」
と言い返したいと思っている。





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アンセクシャルの定義と存在意義

※前回の記事の続きになります。

時々”アンセクシャル”の言葉の由来や意味について聞かれることがあるけど、特に深い意味はなくまたこんなにも認知してもらえるとは思ってなかったので、ただ単純に

『「性行為を忌避する」という意味で性行為を意味する”Sex”に忌避の意味を込めて「un」をつけた』

結果がアンセクシャル(Unsexal)となった次第です。

また、アンセクシャルを提唱した当初は特に深く考えず私の思考(志向・嗜好)を表す言葉が欲しかったので

「性行動は取れるけど生殖行為をしようと思わないor忌避するセクシャリティ」

という、ざっくりとした内容にしてました。


その後、多くのセクマイの方々とお話したりしていく中で

「アンセクシャルの意味で“生殖行為“と表現するのは(私が思っていることに関して)正確ではなくなるかもしれない」

とか

「(私が最初に属した)ノンセクシャルも(私が見聞きする限り)”性嫌悪に近い方”から、”自分はしたくないけどされる分には構わない”という感覚の方まで幅広くいるから、アンセクシャルももうちょっと緩く・幅広くてもいいんじゃないかな」

等色々考えさせられることがあり、今の時点で私が思っている”アンセクシャル”の定義的なものとしては


前提:
 どの性別に性的指向が向いているかにかかわらず、他者に対し性的欲求・性的行動欲求を抱くことがあり、また実際の性的行為に禁忌感や忌避感を持たず及ぶことが出来る

その上で、

広義的:生殖行為に繋がらない(被)挿入行為迄は大丈夫orできなくはないけれど、生殖行為に関してはしようとは思わなかったり忌避感や嫌悪感を抱く
狭義的:生殖行為云々に関わらず、(被)挿入行為自体に対してしようとは思わない、または忌避感や嫌悪感を抱く


といった感じで捉えてます。



また、以前セクシャリティの分類を表すものとして「アイデンティティスペクトラム」というものがあるということについて書いたことがありますが、私が見たサイトで書かれていたのは(男性・女性を両極として)
・生物学的性
・性自認
・社会的性
・恋愛指向
・性指向

の5つが挙げられていたのですが、そもそもこの5つだけではアンセクシャルやノンセクシャルといったセクシャリティについては表現できないと思ってて、これにプラスして
『性的行動』
という項目を追加してもいいと思う。
(実際にアイデンティティスペクトラムの項目はいくつあってもいいらしいので)

で、その上でこのスペクトラムついて

「この中で「性自認」「恋愛指向」「性指向」等に於いては両極以外にも中間などについてセクシャリティ名がある」

という事とか

「性的行動についても”性嫌悪といった一切不可”なものと”何の問題もなく全部できる”というノンケ的な部分には名前があるし、また実際性的行動については(隠語ではあるけど)A・B・Cというような分け方もされているのに、なぜかその中間(を表すセクシャリティ)がない」

という考えを満たすものとしてアンセクシャルというのは逢ってもいいと思うし、さらに言えば数ある「性的行動」について表すセクシャリティの中でも

『「性的行動欲求が他社に向かう事を肯定する」というセクシャリティが存在しない』

という面から見ても、アンセクシャルのような既存のにはないセクが存在する意味はあると思う。




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アンセクシャルの造語・提唱に至るまで

前に似た様な内容の日記を書いたことがありますが改めて思ったことなどがあるので改めて書いてみます。


初めに、私自身が”セクマイ”という言葉を知り、またセクマイであるという自覚を抱いたのは20代後半の事です。
セクマイであると自覚した後、ざっとセクシャリティをの定義を見て「私はこれかな」と最初に思ったセクシャリティは
「ノンセクシャル」
でした。

一応当時から基本的な私自身の思考の内容は殆ど変わっていないのですが、セクマイを自覚した当時の私の中では

『性欲≒性行為をしたい欲求』

であり

『ハグやキス、ペッティングなど(をしたい欲求)はその(性欲という言葉が表す)範囲外』

的な認識だった事が私がノンセクであると思った理由でした。

ただ、その後他のノンセクの方の思考や傾向を見聞きする内に

『世間的に性欲にはスキンシップとかキスまで含まれるんだ』

という事を知って、

「そういう事であれば、私はノンセクではないだろうけど、じゃあ一体(私が属すべきセクは)何なのかな?」

という思考に至り、それ以後既存のセクシャリティの言葉や定義を色々調べ始めましたが、最終的には私の思考を表すのに適したセクは見当たらず、またその頃はまだ「ないなら作ろう」という考えには至ってませんでした。

その為、その後セクマイ界隈等でセクを聞かれた場合は思考の内容をそのまま説明したり一応の私の中での考えなどを話すなどしていたのですが、理解してもらえることの方が少なかったです。


因みに、その(自分のセクが迷子の)頃は
・『性行為をしたいという欲求がない』という意味に於けるノンセク
・『他者に性的行動欲求を抱く』という意味に於けるセリバシー
・『性行為に関して忌避感を抱く』という意味に於ける性嫌悪
・『他者に対して性的行動欲求がとれる・行える』という意味に於けるノンケ

という、”複数のセクの一部分が重なった部分に居る状態”というのが上述の”私の頭の中の理解”で、図のような「光の三原色」に似た理解の仕方をしてました。
セクの重なり合い
(図でいう所の真ん中の白い部分に居る状態)


その後暫くの間はこれといった説明する単語がなく、

『”男でセクマイ”というだけでセクマイ界隈に於いて初対面の方からは
「ゲイですか?」
と聞かれ、それを否定した後は大抵
「じゃあなんですか?」
と聞かれたり、それ以外のごく少数の場合に於いて
「ではMTFですか?」
と聞かれることもありましたが、やはりそれを否定した後は
「じゃあなんですか?」
に帰結して、その後思考の内容を説明しても理解してもらえない』

というような期間を過ごし、「やっぱり表現する言葉は必要だな」と思いアンセクを造語するに至りました。



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